人事異動に伴う評価実務の留意点
4月に人事異動を行った会社は多いことでしょう。そして、そろそろ夏季賞与の成績評価を行う時期かと思いますが、人事異動があった場合の評価実務について確認しておきましょう。
まず、賞与の評価対象期間の設定には大きく分けて2つの考え方があります。
(1)事業年度を上期と下期に分けて設定
例)3月決算企業の場合
夏季:10月~3月
冬季:4月~9月
(2)評価結果が直接反映するよう、賞与支給時期に近い5月と11月の賃金計算期間に合わせて設定
例)月末締めの場合
夏季:12月1日~5月末日
冬季:6月1日~11月末日
(1)のように、評価対象期間が事業年度を基準としていれば、評価対象期間中の異動は起こりにくいのですが、(2)の場合には評価対象期間の途中で評価者、被評価者が異動となる可能性が高くなります。以下に、評価者、被評価者に異動があった場合の評価実務を述べますが、「評価対象期間の末日時点における、評価者と被評価者の関係性」が考え方の原点です。
1.評価者が異動したとき
(1)評価対象期間の切り替わりと同時に部署の異動があった場合
異動前の部署の部下を評価します。
(2)評価対象期間の途中で部署の異動があった場合
異動する時点までの部下の評価を行い、引継ぎ事項として後任者へ申し送りします。後任者は、引き継いだ情報と、自分自身が異動時点から評価対象期間末日までの間について評価した内容をもとに総合的に判断し、評価します。
2.被評価者が異動したとき
(1)評価対象期間の切り替わりと同時に部署の異動があった場合
異動前の部署で評価されます。
(2)評価対象期間の途中で部署の異動があった場合
評価対象期間初日から異動時点までは異動前の部署で評価され、引継ぎ事項として異動後の部署に申し送りされます。そして、異動後の部署の評価者により、引き継いだ情報と異動後の部署での仕事ぶりから総合的に評価されます。
3.部署の異動はないが、等級の変更があった場合
評価対象期間の末日時点の等級をもって評価します。
また、上記3つのケースとは少し異なりますが、人材採用難の折、退職者や休職者等の発生に伴い、他部署の仕事を兼務する人事異動を発令することも増えています。
この場合も、兼務先の評価者が兼務仕事を行っている間の仕事ぶりを評価し、メイン業務の評価者へ申し送りします。そして、メイン業務の評価者が両部署での仕事ぶりを総合的に判断し、評価します。このような事業運営に協力して
くれる社員にも、目配りを忘れずに評価しなければなりません。
人事異動が絡むととかく評価者の負担も大きくなりますが、公正な運用の下、部下を正しく評価し、やる気の維持・向上に繋げていただきたいと思います。
チーフコンサルタント 高橋 智之
専門職の等級格付と給与の取り扱い
専門職とは、文字通り専門技能を有するスペシャリストのことです。
会社の中には、ライン職制から外れるものの、一定の裁量権を持って高度な専門分野や特命事項を担当する専門職が置かれることがあります。部下を持たずとも責任が重く難易度の高い仕事を担う社員であり、研究開発職や特殊技術の有資格者だけでなく、ノウハウ・知的財産の管理など、高度な専門性が問われる分野は数多くあります。こうした専門職の等級格付や給与はどのように取り扱えば良いでしょうか。
等級制度を会社の中での責任の重さや求められる仕事や成果の難易度(=重要度)を基準にして構成すれば、ライン職制と専門職の等級を無理に切り離して考える必要はありません。専門職もライン職制と同じように責任の重さの段階に応じて等級を決めればよく、専門職はライン職制より必ず下位に置くとか、同等に格付けるなどとあらかじめ決めてしまうのは間違いです。
等級格付は職制の違いにかかわらず、あくまでもその職務の責任レベルよって判断すべきものです。また、収益や組織への貢献度も考慮する必要があります。ライン職制が「担当部門の業績責任を果たす」「部下の指導育成を行う」といったマネジメント面での責任を担うのに対して、専門職は実務面で高い成果を出して会社に貢献する責任を担うという職務の違いこそありますが、期待される組織への貢献度の大きさが同じであれば、両者を同じ等級に格付けるのが適切です。ライン職制と専門職を同じ等級制度の中で格付けすることにより、社内に一体感や良い緊張感が生まれて、競争原理を根付かせる効果も期待できます。必要に応じた相互間の人事異動も行いやすくなるでしょう。
同じことは給与についても言えます。専門職をライン職制と同じ等級制度の中で格付けるならば、基本給表も同じものを適用するのが自然です。業務内容が異なるとは言え、収益や組織への貢献度については同じ水準を期待するのであれば、
専門職用の基本給表を別に用意する必要はありません。
もちろん、ライン職制と専門職の役割責任が明らかに異なっているという会社もあるでしょう。そうした場合には、社内の実態に応じて専門職用の等級や基本給表を別に用意することも選択肢の一つです。しかし、安易に専門職用の別テー
ブルを作ってしまうと、年功で昇格した部下なし管理職など本来の専門職の主旨から外れた社員の逃げ場になりやすいので注意が必要です。
ライン職制の管理職と専門職を同じ等級に格付けるとしても、職務内容が異なりますので、評価シートは別のものを用意することになります。専門職用の評価シートであれば、専門職としての具体的な個人目標を定め、その達成度を成果として評価します。この時、成果のウエイトは評価点全体の50%程度を占めるよう設定すると良いでしょう。
ライン職制の管理職は部門業績だけでなく、部下の指導育成や勤怠管理などマネジメント業務全般が評価対象となりますが、専門職は実務面での高い貢献度を期待されて相応の等級に格付けられるのですから、担当する具体的な専門業務を
主な評価対象とし、成果に重点をおいた評価点の計算方法として、成果と報酬が密接に連動する仕組みを用意しておく必要があります。
チーフコンサルタント 奥 俊晴
ベアは等級や年齢等で適用条件を変えてはいけません
- CATEGORY定期昇給・ベースアップ
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今年の賃金改定が例年と大きく異なるのは、物価高です。2022年の消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)は前年比2.3%増でした。通年で2%を超えたのは、消費税率の引上げがあった2014年(2.6%)を除くと1992年(2.2%)以来、実に30年ぶりのことです。そのため、当社に寄せられるご相談も「物価高への対応も含め、今年はどのようにベアを行うべきか」というものが多く、ベアを前向きに検討している会社も例年以上であると感じます。
社員の年齢や役職に関係なく、皆が物価高の影響を受け、生活費の負担が増えていると考えれば、全員一律の金額で引上げる「定額ベア」で対応するのが合理的でしょう。仮に2千円の定額ベアを行った場合、所定内賃金20万円の社員であれば1%の引上げに相当し、同40万円の社員は0.5%の引上げに留まることから、所定内賃金の少ない社員や相対的に賃金が少ない若手社員ほど手厚い賃上げとなります。
ただ、今年は次のような内容のご相談を、複数の会社から受けました。
「もしも定額で5千円引上げた場合、中堅以上の社員も5千円上がることに少し抵抗感がある…。採用初任給相場への対応もあわせて考えると、中堅以上向けの原資をできるだけ若手層へ振り向けたい。例えば、定額ベアの額を1・2等級8千円、3・4等級4千円、5・6等級1千円というように、等級別に設定したら何か問題があるだろうか?」
では、上記のように定額ベアを設定すると何が起きるのか、具体例で確認してみましょう。
・2等級21号に甲と乙の2名の社員がおり、甲はA=5号昇給、乙はB=4号昇給し、
それぞれ2等級26号、2等級25号になった。
・甲は昇給直後に3等級1号へ昇格した。
(新年度) ※本給は、2023年度大都市中位水準モデルの金額
甲:3等級1号 本給241,100円 加給4,000円 基本給245,100円
乙:2等級25号 本給239,480円 加給8,000円 基本給247,480円
甲は乙よりも良い昇給評語を取ったにもかかわらず、昇格したことで乙よりも低い基本給となってしまいました。このように加給を等級別等で条件を変えて適用させてしまうと、不合理な結果を招く恐れがあります。なお、今回のケースであれば、定額加給での大幅アップと定率加給のダウンを組み合わせることで、中堅社員の純増を抑えつつ、若手層への配分を厚くすることが可能です。
このご相談はさらに、「昇格前の基本給の金額を下回らない号数へと昇格させれば良いのではないか」と続きます。しかし、そうすると昇格に伴い加給が目減りする分だけ本給を高くする(=号数を上げる)ことになるため、他の社員とのバランスが崩れ、本給額を退職金の算定基礎としている場合には退職金にまで影響が及ぶことになります。
ベースアップとは、文字通り賃金表の水準(ベース)を引き上げることであり、一律の条件を全社員、全等級・号数に適用させることが大原則です。一度でも場当たり的なベア(加給)運用を行ってしまうと、元へ戻すにも大掛かりな手術が必要となりかねません。
基本給は、賃金体系の根幹です。恣意的な運用で賃金人事制度が根元から倒れてしまうことのないよう、確実に運用し、丈夫に育てなければならないのです。
チーフコンサルタント 髙橋 智之
中途採用者の給与を低いままにしていませんか
中途採用者は一人ひとり年齢や経験も異なり、前職の年収も考慮することが多いので、給与額がバラバラになりがちです。そこで、多くの会社では中途採用者の給与をめぐって次のような問題が起こります。
(1)中途採用者の給与が既存社員より高いために社内で不満が生じる
(2)中途採用者の給与が採用時の低い水準のままである
(1)については経営者も良く注意していて、自社の標準的な給与に調整手当を上乗せして採用し、入社後の評価が当初の期待値より低ければ手当を逓減させていく等、何らかの対応をされていると思います。
一方で、問題が長年放置されやすいのが後者の(2)です。
近年、職種・業界によっては賃金相場が高騰しており、低い給料では応募者に見向きもされないという状況もありますが、中途採用者の給与が新卒採用のプロパー社員に比べて低いという会社もまだ多いのではないでしょうか。
ある程度の年齢に達している応募者であっても、その仕事の未経験者であれば既存社員と同じ給与を出すわけにはいきませんし、他社で十分な実績がある経験者であっても、一度、高い給与で採用すると、入社後に期待外れであったことが分かっても簡単に金額を下げられませんから、まずは低めに採用したいと思うのは経営者として自然なことです。
ただし、一定以上の社会人基礎力を備えている中途採用者であれば、未経験者で採用したとしても、3~5年もすれば既存社員と変わらない程度まで成長してくるでしょう。他社での実績がわが社で通用するかに不安があったので少し低めの給与で採用したが、入社後にその実力が証明されたという社員もいるはずです。
その実力を期待して採用したはずの中途採用者の給与が、いつまでも既存社員より低いままというのは大きな問題です。何年たっても納得のいかない報酬しか支払われないのだと分かれば、将来への希望を失い、最悪の場合は退職にまで発展するかもしれません。せっかく能力ある人材を採用できたとしても、その実力が発揮できる就労環境を会社が用意できなければ、会社にとっても大きな損失となって跳ね返ってくるのです。
そこで、既存社員とのバランス等から給与を低めに抑えて採用した場合には、入社後の評価に応じた特別昇給を行い、他の社員に見劣りしない水準まで給与を引き上げていく必要があります。
例えば、号棒制の賃金テーブルを使用し、SABCDの5段階で評価をしている場合には、次のような方法で特別加算を行って、入社後3~5年で本来あるべき水準まで給与を段階的に引き上げていく措置を取ります。
評価 制度上の昇給 特別昇給 昇給合計
S 6号 + 3号 9号
A 5号 + 2号 7号
B 4号 + 1号 5号
ただし、評価の低いC、Dの社員については特別昇給の必要はありません。また、既存社員よりも極端に低い金額で採用したような場合には、上記の方法では調整に時間がかかり過ぎるため、入社2~3年後を目途に抜本的に給与水準を見直した方が良いでしょう。
給与が高すぎる社員はよく目立つこともあって問題がそのまま放置されることは少ないのですが、給与が本人の実力に比べて低すぎる場合には対応が遅れがちです。毎年の定期昇給時にしっかり確認をして意識的に是正することが大切です。
チーフコンサルタント 奥 俊晴
「家族手当で会社と社員の『絆』を深め、社員の生計費負担増に応える」
家族手当(扶養手当)は、福利厚生的な手当として日本企業に広く浸透しています。人事院「令和4年職種別民間給与実態調査」によると、家族手当の制度がある会社は75.3%と、実に4社に3社の割合に上ります。ちなみに、全国の平均支給額は配偶者13,499円、子1人目6,711円、子2人目6,273円となっています(同調査より)。
会社が家族手当を支給する大きな目的は、「長期雇用に伴う社員の生計費負担の緩和」です。長く勤めていると独身だった社員も結婚し、家族も増えることでしょう。すると、食費や光熱費といった毎月の生計費は、独身時代よりも当然かかるようになります。このような生活環境の変化で生じる社員の負担を和らげようと、家族手当を支給することで「この会社で長く勤めて頑張ろう」という社員のやる気の維持・向上に繋がっていくのです。
このように、家族手当を活用する本質的なメリットは「会社と社員の間で『絆』や『リレーションシップ(関係性)』を深められること」にあります。そして中小企業が、社員の名前と顔の一致する規模であることを考えると、家族手当は中小企業が積極的に活用すべき手当であるとお分かりいただけるでしょう。
次に、実務面における具体的なメリットを挙げてみます。
1.採用において福利厚生面でアピールでき、採用競争を有利に進められる
募集要項に家族手当があることで、応募動機に繋がる可能性が広がります。
2.生計費の負担が大きい社員とその期間を限定して給与を引き上げられる
「子の支給対象年齢は満18歳まで」等、支給対象家族と支給額を設定することで、生計費の負担が大きい社員に対し、負担が大きい期間に限定して給与を引き上げることができます。仮に家族手当を使わなければ、基本給だけで全社員の生計費を賄えるよう、基本給の水準を引き上げなければならなくなるため、総額人件費はより多く必要となります。
3.割増賃金の算定基礎から除外できる
扶養人数等の要件に応じて支給する家族手当は、割増賃金単価を算出する際、算定基礎から除外することができます。したがって、時間外・休日勤務手当に跳ね返る心配はありません。
ここまで家族手当の良い面を挙げてきましたが、ここ数年は同一労働同一賃金への対応から見直しを検討する企業が増えていることも事実です。たしかに、そのような考え方も理解できます。しかし、手当を見直す前に、特に中小企業には家族手当がもつプラス効果を再認識していただきたいのです。
今年の賃金改定では、物価高への対応からベアを前向きに検討する会社も増えています。ここで、家族手当の増額改定も実施できれば、すでに家族を養っている社員はもとより、これから家族を持ちたいと考えている社員にも安心感を与え、物価高に対してもより効果的な賃上げとなります。
また、人手不足が深刻であれば、あらゆる雇用形態の社員の長期定着が欠かせないため、非正規社員への家族手当支給も有効となるでしょう。家族手当の戦略的な活用をご検討ください。
チーフコンサルタント 髙橋 智之